新潮45
新潮社


筆・竹内一郎


2013年4月号 新潮45 シネマ Review 『ヒッチコック』 映画評
 
 サスペンス映画の神様・ヒッチコック。彼の作品中、知名度では「サイコ」と「鳥」が双璧だ。これは「サイコ」製作中のヒッチコックを描いた人間ドラマである。
 映画会社からそのショッキングな脚本を却下され、自己資本80万ドル、撮影30日で仕上げるまでの物語。彼の大胆で斬新な撮影技法の種が明かされるのかと期待したが、それを楽しむ映画ではない。
 ヒッチコックを演じるアンソニー・ホプキンス、その妻・アルマを演じるヘレン・ミレンの名演技を堪能する作品である。夫婦でありながら監督と名編集者という関係。「情」と「知」の両方で結ばれた”サスペンス”を二人は見事に浮き彫りにしている。
 いざ上映という段になって、先行上映は二館のみ、試写会はなしという条件を見事なアイデアで切り抜けるヒッチコックの行動力も終盤の見せ場となっており、エンターテイメント要素もきちんとある(劇作家・竹内一郎)





2012年9月号 新潮45 シネマ Review  『プロメテウス』 映画評
 
 2089年、核戦争後のことである。人類は地下に住んでいる。3万5000年前の洞窟壁画が発見される。ある惑星に行けば、人類創世の謎に迫れる、と科学者が揃えられ、プロメテウス号に乗ってその星に出発する。
 この作品のすごさは、すべてをゼロから作ったということ。惑星の文明、生物、アンドロイド、それらを含めた世界観を創作する力技に圧倒される。モノの造形力、質感、一つ一つは専門のクリエーターが作ったのだろうが、それらを一つの作品にまとめあげられる監督といえば、リドリー・スコットをおいてほかにいない。CGや3Dに頼りすぎているという異論はでるかもしれない。しかし「人類の起源」というテーマに挑む志がすがすがしい。私は「よくぞここまで作った」と唸った。
 テーマがテーマだけに、ストーリーをはっきりわからせるような作品ではない。そこが少し食い足りないかも。(劇作家・竹内一郎)




2012年6月号 新潮45 シネマ・ブレイク 『幸せへのキセキ』 映画評
 
 原題は「WeBought a Zoo」。「私たちは動物園を買った」である。妻を失った男が、廃園寸前の動物園を買う。主人公が立ち向かう相手は、お金持ちや人のいうことを聞かない動物たち。立ちはだかる障害の作り方に無理がない。脚本は多くの要素を手際よく練りこんであり、酒脱な台詞が効いている。わかりやすくて楽しい。
 マット・デイモンが「駄目な親父」を演じているが、「この俳優はどんどん化けていくなあ」と見ていて快感だ。相手役のスカーレット・ヨハンソンは、今まではキュートで素朴な女を演じてきたが本作ではひたむきで芯の強い女を好演している。俳優の化ける瞬間に立ち会うのは見物冥利に尽きる。
 音楽は作品に合っているし、動物たちもCGなど使わずにいい芝居をしている。
 私は素直に感情移入して泣かせて貰った。(劇作家・竹内一郎)




2011年11月号 新潮45 シネマ・ブレイク 『カウボーイ&エイリアン』 映画評
 
 『インディー・ジョーンズ』や確『バック・トゥ・ザフューチャー』のファンにとってはたまらない映画だ。
 カウボーイとエイリアン。
想像を超えた異質な世界のぶつかり合い。どう転ぶか先が読めない。物語、アクション、どちらもシャープで、私はぐいぐい引き込まれた。冒頭の二作品に近い痛快なエンターテイメントに仕上がっている。原作は米国でヒットした同名のコミックで、製作総指揮のスピルバーグが映画化を切望したらしい。
 主演のダニエル・クレイグは『007』のジェームズ・ボンド役で知られる英国の俳優。知的な顔立ちで、記憶を失った流れ者のカウボーイに憂いを与えており、そこがよい。冒頭から切れのよいアクションで魅せる。
 町の大ボスを演じるハリソンフォードもうまいし、事件に巻き込まれる薄幸の女性を演じるオリヴィア・ワイルドも存在感がある。演技陣がビシッと決めているから、アクションが安っぽく見えない。彼らの武器は、十九世紀の銃のみ。それで現代の米国軍より遥かに強いエイリアンの科学兵器に立ち向かう。加えて、エイリアンは身体能力も高く人間が取っ組み合いをしてもと到底勝てそうもない。
 監督は、観客が荒唐無稽な設定に醒めないように、紙一重のワザを丁寧に重ねている。天才と呼んでもいい緻密さに私は圧倒された
 SF対k地だが、親子の絆など、人間ドラマが過不足なく練りこまれ、終盤のカタルシスもすっきり収まる。(劇作家・竹内一郎)



2011年8月号 新潮45 シネマ・ブレイク 『ツリー・オブ・ライフ』 映画評
 
 タイトルが『ツリー・オブ・ライフ』。キャストがブラッド・ピットとショーン・ペン。キャッチ・コピーが「父さん、その時あなたは、僕に何を求めたのだろう・・・?」。ある家族を舞台に、小さな事件が起こり、親子の誤解が解けていく・・・。という感じの、ヒューマンなエンターテインメントかな、と思った。私でなくても、ショーン・ペンがアカデミー賞を獲った『ミスティック・リバー』のような作品をイメージする人は多いのではあるまいか。
 だが、ちょっと気になるところがある。「カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞」作品なのである。マニアックで評論家好みかもしれない。
 果たして、どちらだーー。
 観てみると後者であった。映画というより映像詩といった方がいいだろう。冒頭、宇宙の片隅に地球ができて、やがて生命が誕生し、進化する過程がCGを駆使して描かれる。息を呑む美しさで、造形力・表現力に圧倒される。作り手が映像の力を信じてるから、全編高い緊張感でグイグイ押してくる。映画という表現の一つの到達点を目指していると思う。
 欠点は映画の“甘み成分”である物語(筋)を追えないところだ。私たちが、物語を求めるのは、つまるところ主人公に感情移入して、ドキッとしたり、ハッとしたり、笑ったり、泣いたりできるからだ。それがないから、息抜きに観る映画ではないな。気合を入れて観るべし。(劇作家・竹内一郎)



2011年4月号 新潮45 シネマ・ブレイク 『トゥルー・グリッド』 映画評
 
 『ヒア アフター』を観た翌日にこれを観た。両作とも制作総指揮がスピルバーグで、中軸の役をマット・デイモンが担っている。
 先ずマットの天才っぷりに圧倒される。『ヒア アフター』では霊能者を捨てようともがいている工場労働者を演じ、西武劇である本作で、彼はテキサス・レンジャーを演じている。見事な演じわけ。人物の陰影、台詞の確かさ。それ以前に役者の風格がよろしい。
 監督は前者がクリント・イーストウッドで、こちらがコーエン兄妹。ほぼ同時期に、演出法が全く異なると思われる両者に適応し、圧倒的な存在感で作品を盛り上げている。
 たとえばトム・クルーズはどんな役を演じてもトム・クルーズだがマットは〈異なる人格を彫りこめる怪物〉を堪能させてくれる。ロバート・デ・ニーロとはタイプは異なるが、近い領域に感じた。
 本作はコーエン兄妹の新境地である。西部劇という「通俗」が彼ら一流の芸術感覚と絡み合って、新しいジャンルに生まれ変わった感がある。役者は饒舌だが安っぽいドラマにありがちな説明台詞はほとんど喋らない。丁々発止が繰り返される中で、役の内面が立ち上がってくる。
 普通の西部劇ならクサく盛り上げるシーンを必ずひねる。お涙ちょうだいをやらない。
 父親を殺された14歳の少女を演じるヘイリー・スタインフェルド、大酒呑みの保安官を演じるジェフ・ブリッジスも圧巻。ということはこの組み合わせを考えたコーエン兄弟のお手柄でもある。(劇作家・竹内一郎)




2010年12月号 新潮45 シネマ・ブレイク 『ロビン・フッド』 映画評
 
 監督がリドリー・スコット、主演がラッセル・クロウ。『グラデュエーター』のコンビによるお正月向けの娯楽大作である。12世紀、十字軍の時代に生まれた伝説の義賊、ロビン・フッドの大活躍を描くのだから、そもそも荒唐無稽な映画である。随所に出てくるCGが安っぽいことに不満を持ったら、この映画の良さは味わえない。
 この作品、私は“マニア向け”と見た。クロウの演技は、大作の主役としては確かに渋い。だが、軽薄な役者が演じる不幸に比べたら傷は小さい。
クロウの相手役のケイト・ブランシェットも超美人というわけではないが存在感があって、芝居が深い。さらに、脇やくを固める名優たちも舞台出身が多く、少々気恥ずかしい台詞にも重厚なリアリティを与えている。ウィリアム・ハート、マーク・ストロング、オスカー・アイザック、アイリーン・アトキンス・・・。こういう人たちの演技にワザがあるから、芝居がわかる人が楽しめる作品になっている。
 スコット監督は、巨大な歴史絵巻の中に庶民的生活感をだすことに成功している。例えば衣装や食べ物、この辺りにこだわる姿勢に、作品に賭ける情熱が現れる。また、戦闘シーンに多くの兵士がでてくるが、エキストラの面魂がいい。監督に強い気迫と統率力がなければ画面の隅々までの緊張感のある写真にはならない。
 脚本のブライアン・ヘルゲランドも手柄大。夥しい数の登場人物を、きちんと書き分けて2時間20分に収めている。(劇作家・竹内一郎)



2009年12月号 新潮45 シネマ・ブレイク 『パブリック・エミネーズ』 映画評
 
 スタッフ・キャストの欄を見て貰えばわかるがお正月映画にふさわしい豪華な布陣。
 私はジョニーディップの芝居を先ず見たかった。活力に満ちた若々しいヒールを演じてよし、峠を越えて落魄したそれを演じてよし。ピカレスク好きならしびれる演技だ。恋人役のマリオン・コティヤールも不幸にみいられる女のサスペンスを好演。演技陣にはほとんど文句がない。上手い。
 だが、脚本と演出がいただけない。脚本は手垢にまみれ手法が目立ち、チープなテレビドラマのレベルだ。マイケル・マンの演出は礼によって、見せ方が大作的で、おっと唸らせる趣向も随所にあるが後が続かない。全体的に冗長な印象。音楽も、なかせどころにそれっぽい曲を書けるから、狙いが透けて見えるのだ。
 とはいえ、金をかけた映画だから、「ケチってるな」と感じる貧乏くさいシーンはない。(劇作家・竹内一郎)




2009年5月号 新潮45 シネマ・ブレイク 『ミルクMILK』 映画評
 
 主人公のハーヴィー・ミルク役を演じたショーン・ペンの芝居が圧巻だ。アカデミー賞主演男優賞を獲った後でいうのも癪だが上手い。鮮やかだ。
 ミルクは40歳まで無為に生きてきた同性愛者。1972年にニューヨークで20歳年下の男性と恋におち、やがてサンフランシスコ市で同性愛者の権利を獲得する運動に身を投じる。77年には同市の市政執行委員に4度目の出馬で当選する。そしてよく78年に凶弾に倒れるまでの物語である。
 ミルクは実在の人物でフィクションも加えてあると思われるが、実話の持つ迫力が胸を打つ。
 冒頭ミルクが一目惚れで恋に落ちるシーンは、思わず「うまい!」と画面に向かって叫びたくなる。下手な役者が同性愛を演じたら、普通はクサくて観ていられなくなる。それが”見せ場”になるのだもの。
 物語は基本的にミルクのモノローグで進められる。語り部の芝居がまずいと、かったるくなるところだが、細やかな内面の動きまでがしっかりと画面に焼き付けられていて見惚れてしまう。
 市民運動を描いた映画だけに、メッセージ性が強い。対立の描き方が平均的日本人にとっては過激すぎるようにも思う。日本で大衆受けするのは難しいかも。とはいえ、演出と編集のテンポはいいし、衣装や群衆たちは70年台の雰囲気を活き活きと映し出しているし、映画好きには絶対お勧めだ。(劇作家・竹内一郎)




2008年9月号 新潮45 シネマ格付け隊 ムーヴィーズが行く 『イントゥ・ザ・ワイルド』 映画評
 
 男ならこの映画を観たとき「主人公のクリス・マッカレンドレスは若い頃の俺みたいだ」と思うだろう。太宰治の『人間失格』を読んだときに「主人公の大庭葉蔵は俺ののことを書いたのか」と思うあの感覚に近い。
 主人公は大学卒業後エリートの道を捨て放浪の旅に出る。物質文明や偽善だらけの社会に嫌気がさして、自由に生きようとする。70年代に流行ったヒッピーのような暮らしを始めるのだが、彼の生き方がストイックで自分の内にある硬派の感情をくすぐられる。両親が新車を買ってやろうというのに、今のオンボロ車に不満はないから、とキッパリ断る。据え膳を前に、これを食ったら気高い生き方に水を差すことになると考え、グッとこらえる。私の場合は我慢したくこともあるが、欲に負けたこともある。嗚呼ーー。
 青臭いが、実話を元にした良質の悲劇。90年代の高齢化した米国のヒッピーの暮らしぶりも描かれていて、考えさせられた。




2008年3月号 新潮45 シネマ格付け隊 ムーヴィーズが行く 『ノーカントリー』 映画評
 
 アカデミー賞8部門にノミネートされた話題作である。物語は至ってシンプル。偶然200万ドルの大金を手に入れた男・モス(ジョシュ・ブローリン)。消えた金を取り戻すためにモスを追う殺し屋・シガー(ハビエル・バルデム)。その二人を追う保安官・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)。基本はその3人による緊迫感たっぷりの濃密なサスペンスである。
 殺し方や死体の見せ方など、演出が冴えていてリアル。痛快な殺しではない。後味は悪いけど凄い、という見せ方である。
 特に冷酷な殺し屋を演じるハビエル・バルデムの風貌、喋り、歩き方(つまり演技全般)は絶品。アカデミー助演男優賞にノミネートされたのも頷ける。
 ただし何箇所か解釈に迷う部分もあり、エンターテインメント系の作りではない。見終わってあれこれ考えさせられる作品である。
 アカデミー作品賞にノミネートされたのは何故かーー。映画の舞台は1980年代のアメリカ。モスとベルはベトナム帰還兵である。シガーもその世代と思しい。ベトナム戦争がアメリカに残した爪あとを切り取った作品という見方もできそうだ。イラク戦争は、予想外に長引き泥沼化している。本作は戦争に倦んでいるアメリカの気分を反映している作品とも見立てられる。だからなのかーー。
 原作の小説は『血と暴力の国』(扶桑社)という邦題で出ている。